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桜華楼物語

第8章 小夜

赤い格子のその中は…
遊女達のお披露目の舞台。
何食わぬ顔で煙管を咥える者。
目だけ動かして客を探す者。

それぞれの風情で、声が掛かるのを待っている。

行き交う人混みの中に、酒壺を下げてふらりふらりと漂うように。
酔ってるかと思えば、上手に人混みを縫い歩いてく浪人。

格子を少し通り過ぎると、慌てたように中から声が掛かる。

「ちょいと旦那、素通りするつもりかい?」

呼ばれた浪人、そのまま後退りすると格子を覗き。
「その声はお小夜かい。久しぶりじゃないか…元気そうで何よりだ。」
からからと機嫌良く笑った。
「何が元気そうで、よ。酒壺下げてるって事は少しは稼げたんでしょ? しのごの言わずに上がりなさいな。」
小夜の威勢の良い言葉に、周りの遊女達はくすくすと肩を揺らして。
まるで夫婦の痴話喧嘩じゃないか…。

久しぶりに上がる小夜の部屋は、ほんのりと白粉の香りがする。
「おや、白粉を変えたのかい? 上等な匂いがするねえ…」
無造作に置いた酒壺や刀を丁寧にどけると、溜息混じりに呟く。
「忘れた頃にしか来ないくせに、そんなとこだけ気の利いた事を言って…」

行商の小間物屋が店に来て。あまり勧められるので買ったと告げると。
「へえ、そうかい。どれどれもっと…」
小夜の身体を引き寄せると、うなじに顔を埋め。
柔らかい肌の感触と熱を味わうと、耳元に唇を寄せて。

「そんなに待ち遠しかったかい? お小夜…」

野暮天…
声に出さずに唇だけ動かすと、男の唇で塞がれてゆっくりと倒されていく。


布団の上に、折り重なるような二人。
上になった男が手を伸ばすと、土瓶を持ち上げ喉を鳴らして水を飲む。
下になった女は唇を舐めて、自分も欲しいというように男の頬に触れる。
紅潮して汗ばむ女の顔を、愛おしく見下ろすと口に含んだ水をそのまま女の唇に…。

「なあ、お小夜よ。お前…俺を好いてるかい?」
腕枕の上の小夜の頭を撫でながら。
「何ですよ、藪から棒に。商売女に聞いて嫌いだなんて言うわけないでしょうに。」
全く野暮天…。もう一度、心の中で。

「そう言うなよ。浪人とはいえ二本差しがこんな恥ずかしい事を聞いてるんだ。ちゃんと答えてくれ。商売無しだぜ。」
少し複雑な表情ながら、ある種の真剣さが漂い。

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