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桜華楼物語

第8章 小夜

男が酒壺を振って帰ってく後姿を、部屋の窓から見送る…。
肝心な事を聞くのを忘れた。
いや、怖くて聞けなかったのかも知れない。
試合の日時を。

迂闊に日時を知ってしまったら、平気な顔して客を相手に出来るだろうか…。
商売女としてはあるまじき事であるが。
どう思われても構わない。
この気持ちは、商売抜きなんだから…。

その日からどれくらい経ったか。
いつも通りの日々を過ごしてる筈なのに…気持ちが落ち着かなくて。
地に足が着いていない心持ち。

もう、いい加減焦れていた頃…


赤い格子の中で、何食わぬ顔で座ってると。
店の前をゆらりと漂うように、黒いものが通り過ぎようとして。

ハッとして格子を掴んで目を見張る。

黒いものは、立派な家紋入りの紋付き袴姿。
酒壺の代わりに、上等な料亭の土産折りを下げていた。

「……旦那…ちょいと…」
そう声をかけるのが精一杯で。

折りをぶらぶらさせて後退ると、笑顔を見せて。
「おお、お小夜かい。ちゃんと気付いたねえ…そんな幽霊を見るような顔をするない。銭も足もちゃんとあるぜ…」

部屋に上がると、飛びつくようにしがみつく小夜を受け止めて。
「今日はな、見事に剣術指南役を拝命した祝いの帰りよ。あんまり美味かったんでな、好いた女にも食わせてやろうって。飛びつくほど嬉しいか? 食いしん坊だねえ…」

全く…全くもう…
この野暮天…。



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