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桜華楼物語

第11章 木蓮

「邪魔を、する…」

客が上がるから部屋で待っているように…と楼主に言われるのは珍しい。
どんな人かと思えば…。
部屋に入っても暫く編笠を取らずに、何だか様子を伺うように見回して。

変な侍と思いつつ、挨拶しようと身体を動かしたら。
急に手で制すると窓辺にどかりと座って。
少しだけ窓を開けて、ちらりと外に視線を送ると。
やっと編笠を取った。

「無礼な真似をしてすまぬな。私は御用の筋で来ておる定廻り同心だ。楼主には話を通してある…」
男は懐から、ちらりと房の付いた十手を見せる。

「何だそうでしたか。まさか私を捕まえに…? 縛るのは構いませんけど、牢屋は嫌ですよ…」
そんな軽口で、ふと場の空気が和らいだようで。

あ、いやそんな事は…
軽口に答えようと言葉を探してる姿は、いかにも真面目で堅そうである。
そして、ああ…と思い出したように女の名前を聞く。

「木蓮か…その…なかなか良い名だな…」
「まあ、ありがとうございます」
お礼を言うと男の顔は安堵の表情を浮かべて。
遊女を相手に、やっと出た会心の会話に一先ずは落ち着いたようだった。

「何か、捕物でもありますの? あ、聞いちゃいけなかったのかしら…?」
酒を出そうとして、ふと思い直し。
お茶と煙草盆を差し出す。

「あまり…詳しくは言えぬが…。この通りの向こうの店を見張るのが私のお役目だ。この部屋からが一番良く見えるのでな。」
顔は窓の外に向けたままで答える。

向かいの店は、最近代替わりをして大々的にお披露目をしたばかり。
若い遊女も多くなり、連日の賑わいである。
新しい楼主は艶っぽいやり手そうな年増で、男衆を連れて歩く姿を見かけたりする。

「あら、見張ってるってことは…あの店に悪い人でもいるのかしら。もしかして、盗っ人宿だったりして…」
自分も窓辺に近付いて、同じように眺めながらぽつりと呟いたら…。
男は口元まで持っていた湯呑みを、びくんと揺らして熱い茶が指に掛かりうわっ…と声を漏らす。

あらあら、大丈夫ですか…と手拭いで拭いてあげながら堪えきれずに笑みが零れる。
「もしかして図星でした? 動揺し過ぎ…わかりやすいったら…んふふ…」

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