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桜華楼物語

第15章 皐月

「…元気にしているかい…」

父親がやって来た。
部屋に上がると機嫌良さそうに笑って、手土産の煎餅の包みを渡した。
仕事の手間賃が入ったからと。珍しく、少し飲んでるようだ。

「ありがとう、父さん。私の好きな煎餅、覚えててくれたのね。」
「当たり前じゃないか。皐月の好きなものを何で忘れるだ…」
はっは…と笑って座る。
敷いてある布団に視線がいくと、ふと真顔になり娘に向かって。

「どうだい…? その…仕事には慣れたかい? ちゃんと…やってるのかい…?」
少し言いにくそうに、伏し目がちに聞く。

「ええ。ちゃんとやってる。お客もね、少しだけどついてきたの。」
父親に笑って見せた。辛い事が無い訳では無いけど、そんな事は言わなくてもきっとわかっているであろうから。

「そうか。お前は気立てが良いから…いい客がついてるんだろうな。それに…」
そっと手を伸ばすと、頬に触れて。
「あいつに…母さんに似てきて…」

酒のせいなのか少し顔が紅潮して、何かを思い出すように目を潤ませてる父親。
何だか胸がざわつくような気持ちで父親を見つめて聞いてみる。

「父さん…母さんに会いたい? まだ…母さんの事好き?」
娘として不思議ではない問い掛けだが、期待していた答えは…。

「ああ…会いたいよ。あいつを泣かせちまったのは俺のせいだ。辛い思いをさせたんだ…愛想つかされても仕方無い。でもなあ…好きなんだよ。忘れられねえんだよ…」

娘をじっと見つめてながら、泣きそうな顔で言う父親。
それはまるで女房に訴えるように。

父さん…
ああ…あの頃の父さんの顔だ。
母さんに許してくれと謝りすがる、父さんの姿だ…

娘はそっと両手を伸ばすと父親に抱きつき。

「父さん…。悪いのは父さんかもしれないけど、あんなに酷いこと言われても…やっぱり母さんが好きなのね。母さんに似てきた私を見て…辛くならない? 」

正面から顔を寄せて父親を見つめてると、複雑な気持ちが高まり涙ぐんで。

「どうして娘に顔を見て辛いなんて事…。そう思ったら会いになど来ない。ああ…ほんとに…良く似ている。所帯を持った頃のあいつに…優しかったあいつに…」

一瞬腕に力がこもり、娘を押し倒した。

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