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桜華楼物語

第3章 浮草

ああ…若旦那、お待ちしてましたよ。
さあ、どうぞ中に…。
私の文を読んで来てくれたんですよねえ?
もう、待ち遠しくて首が伸びるんじゃないかと心配したくらいに…。

ちょいと、いつもの酒と肴持ってきとくれ。
ええ、若旦那が何を言いたいか承知してますよ。
そんな顔、しないでくださいな。

私だって…辛いんですよ。
若旦那が私を身請けてくれるなら、こんな嬉しい事は無いって…今でも思ってるんですから。
ええ、ほんとですとも。

でも…でもねえ…。
若旦那、私に仰いましたよね。
女房を離縁して私をちゃんと後添いにするって。
それはね…それはやっぱり…いけません。

私なんかは、妾で充分なんですよ。
何処か静かなとこに小さな家でもあてがってもらって…
小間使いの小女のひとりも居れば…
それで御の字ですのに。

第一、そんな事はあの堅い大旦那が許す訳がありませんよ。でしょ…?
ですからね…
文にも書いた通り、このお話は…忘れてくださいましな。

え? 何です?
そんな…そんなのはただの噂ですよ。
日本橋のご隠居と若旦那を天秤に掛けてるなんて…
そんな事…
ああ、そんな目で見ないでくださいな。
興奮しないで…落ち着いて…

私がそんな事をする女だと思ってますの?
悲しい事…言わないで…ねっ…

私だって女の端くれですから、女将さんの事を思うと…胸が痛んでたまらない…
若旦那を支えて御店を守ってきたのに…
こんな顔と身体しか取り柄の無い女に追い出されるなんて…ねえ…

お願いよ、若旦那。
ここは聞き分けてくださいな…。

ん? これは…?
まあまあ、なんて綺麗な帯紐。
御店で一番の品じゃありませんか。
これを私に?
ああ…嬉しい…一生大事にします。若旦那だと思って…。

じゃあ、早速締めて…
あら、若旦那が締めてくれるの?
なんて嬉しい。
なら後ろ向きますから…そこから前に回して…

もう、若旦那ったら…
帯紐を首に回してどうするんで………


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