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始まりは冬の夜から

第1章 Act.1

「ぜえったい! いつかあの鬼課長に一泡吹かせてやんなんと気が済まないわっ!」

 誰もいないのをいいことに、オフィス中に響き渡る大声で喚き散らした時だった。

「なんだ、思ったより元気そうだな?」

 突然、背後から声をかけられた。

 私の心臓が跳ね上がった。
 全身からは嫌な汗がじわじわと噴き出している。

 振り返るのが恐ろしかった。

 もう終わりだ。
 いることに気付かなかったとはいえ、上司の悪口を大声で叫んでしまったのだ。
 怒られるどころじゃ絶対済まない。

 恐怖のあまり、作業の手もすっかり止まってしまった。
 自らを両腕で抱き締め、きつく瞼を閉じていたら、私の肩に何かが触れてきた。

 私は思わず身体を跳ね上がらせてしまった。
 やっぱり、相変わらず怖くて目が開けられない。

「――大丈夫か?」

 私の不安とは裏腹に、隣から柔らかい口調で声をかけられた。

 私はゆっくりと瞼を上げた。
 そして、恐る恐る隣に視線を送ると、片足と両腕を組んだ姿勢で椅子に腰かけていた椎名(しいな)課長と目が合った。

「――すいません……」

 私は身を縮ませながら謝罪した。

 椎名課長はそんな私を怪訝そうに見つめながら、「何故謝るんだ?」と問い返してくる。

「俺は別に謝られることなんてされた覚えはないが?」

「――だって、さっき……、叫んだから……」

「叫んだ……?」

 椎名課長はなおも首を傾げていたけれど、すぐに察したようで、「ああ」とひとり頷いていた。

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