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始まりは冬の夜から

第1章 Act.1

「俺はお前を決して嫌っていない。むしろ独り占めしたいぐらいだ。お前がどうしようもなく気になって、だからつい、必要以上にきつく当たってしまう。――ほんとは、そんな俺自身が一番腹立たしくて仕方ない。藤森に辛く当たったあとは、密かに自己嫌悪にも陥ってた……」

 私は黙って椎名課長の言葉に耳を傾けていた。
 正直、驚くことばかりで、どうリアクションしていいか分からない。
 けれど、今まで私に厳しかったことが愛情の裏返しだったことを改めて知り、自分の想いを素直に表現出来ないこの人に愛おしい感情を抱いたのも確かだった。

 中間管理職という辛い立場、けれど、弱音を吐けるような相手もいない。
 誰かひとりでも支えてくれる存在がいれば、椎名課長も少しは救われるのかもしれない。

 でも、私もおいそれと椎名課長の想いに応えることは出来ない。
 好意を寄せられていたことは素直に嬉しいけれど、すぐに椎名課長の胸に飛び込めるほど器用ではない。

「椎名課長……」

 私は訥々と言葉を紡いだ。

「椎名課長の気持ち、嬉しいです、とても。でも、突然のことで、私は椎名課長の想いにすぐに応えることは出来ません」

「ああ、分かってる」

 椎名課長は相変わらず、私の両手を包んだまま、柔らかな笑みを浮かべた。

「俺はただ、藤森に俺の本心を伝えたかっただけだ。それが届いただけでも充分だと思ってる。でも……」

 椎名課長は少しばかり間を置き、続ける。

「藤森さえ良ければ、俺とのことを前向きに考えてくれないか? もちろん、他に好きな男がいるなら話は別だが、もし、そういう相手がいないならば……」

 不器用な人なんだな。
 私は思った。
 多分、とても真面目だからこそ、他の男性のように気軽に振る舞えないのだろう。

 私は空いていた左手を椎名課長の両手に重ねた。

「ゆっくり、考えさせてもらっていいですか?」

 私が言うと、椎名課長はわずかに目を見開いた。
 そして、これまでに見たことのない満面の笑みを私に向けてきた。

「ゆっくり待とう」

 椎名課長は、私の右手を強く握った。

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