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お稲荷こんこん

第1章 私のこと

お稲荷こんこん すっこんこん
お揚げ炊けたか 味見しよ…

無意識の鼻歌はノッてる証拠。
筆が走る、ってヤツだ。
ラストシーンがやっぱり納得いかなくて書き直し始めたら。
まあ、進む進む…。
結局のところ徹夜になったが、もう少しで終わるところまできた。

私は、しがない物書きである。
小説から書評、エッセイ、或いは取材リポートなど。
依頼されれば断らない。
それが自分に課した約束。なるべくね。
好きと仕事が4:6くらいの割合だから、丁度良いスタンスなんだと思ってる。

締め切りにはまだ日にちはあるが、きっと担当編集者はやって来るだろう。
あ、いつもの焼きそばパンを頼んでおけば良かったなあ…。
ふと、ペンを止めた時に携帯が鳴る。
やっぱりな、とまたペンを走らせながらスピーカーにして。

「お疲れ様っす。今、そちらに向かってまーす。」
いつもの間延びした声で。呑気なヤツだ。
「はいよ。もう少しで終わるから。ちょっとラストを変えたからね。」
相手の返事を待たずに切る。何て言うかは、大体解ってるし。

もう…頼みますよお…先輩…

私が住んでるマンションは築30年。
古いが割とキレイな方で。
三階建ての三階の部屋。エレベーターは…勿論無い。
暫くすると、階段を登ってくる足音が聞こえて。
預けてある合鍵を使って入ってくる。

「お邪魔しまーす。福山っす。」
何でエレベーターが無いんだよ…という顔で少し息を弾ませて。
そんな息遣いを背中に感じながら、最後の完の字を書きペンを置いた。

「ああ…終わった。んああ…」
思い切り背伸びをすると、背中を反らせた。
椅子を回して身体を向けると、はいと紙袋を膝に乗せられた。

「丁度ラスイチだったから焦ったすよ。あのパン屋の人気No.1らしいっすよ。」

袋の中は、500ミリの牛乳とずっしり重い焼きそばパン。
学生の頃から、自分へのご褒美としていたのは大好きな焼きそばパン。
大人になっても変わらずに、一つ書き上げると牛乳と焼きそばパンでお疲れ様をする。

「頼むの忘れたと思ってたのよ。良かった、気がついてくれて…」
パックを開けて一口牛乳を飲むと、焼きそばパンにかぶりつく。



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