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君の光になる。

第5章 美容室

「あ、こんにちわ……」
 
 夕子は素っ気ない声で答える。胸が高鳴る。自分の唇を今までにないほど意識する。
 
「あ、この間は……」
 
「ああ、いえ……もう、気にしないで……ください」
 
「……分かりました……あ、お願いがあるんですが……」
 
 夕子は安倍と電車に乗り込んだ。
 
 夕子は電車を降りた。乗車した駅から三十分ほどの場所だ。
 
 シューと扉が開く。風が草の碧い匂いと土の匂いだ。人の行き交う音もほとんどない。ここが日本かと思うくらいに、まるで、異次元にでもタイムスリップしたようだった。
 
 カランコロン……。
 
 優しい空洞ある木を叩いたような音。コンビニなどで聞く人工の入店音にはない優しい響きだ。そして、ドライヤーで頭を乾かしたときのような匂い。
 
 ――美容室……? 安倍さんの……?
 
「立花さん、ここへ……」
 
 肩を軽く押される。膝に柔らかい座面が触れる。
 
 ――椅子……。
 
「あの……立花さんの髪をカットさせてください」
 
 安倍が唐突に言った。
 
「あ、はい、お願いします」
 
 パサっという音がした。フワリと布が首の周りに掛けられるのが分かった。
 
「あの、どのように……致しましょう?」
 
 夕子の髪がフワリと浮き上がり、空気を含んでフワリと夕子の肩に着地した。
 
「あ、じゃあ、広末涼子ちゃんみたいに……」と夕子は笑いながら言ってみた。
 
「はい、分かりました」
 
「え……出来るんですか?」
 
 夕子はトニックシャンプーの匂いの方向を見た。
 
「出来るだけ最善を尽くします」と安倍の声が笑う。
 
 チャチャチャというハサミを入れる鉄の音と、パラパラと髪が滑り落ちる音が交互に聞こえる。

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