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君の光になる。

第8章 ひとりで

「ほら、チャッピィ、ダメでしょ、そっちに行ったら……」
 
 若い女性の声がした。少し息が上がっている。そのあとにパタパタを靴の音が引きずられるように夕子に近づく。
 
 夕子は立ち止まった。
 
 目の前で短く苦しそうな息づかいが止まった。
 
 バウッ。野太い声が少し控えめに吠える。
 
 ――犬……。それも大きな……。
 
「ああ、ゴメンなさい。歩くジャマをしちゃって……」
 
 若い女性の申し訳なさそうな声が控えめに言った。その近くで、浅く速い犬の息づかいがある。
 
「あ、大丈夫ですよ。お散歩ですか?」
 
「うん、いつもは朝にお散歩するんだけどね。今日は少し遅くなっちゃって……大変なの。散歩に連れてけ、連れてけってまとわり付かれちゃって……」
 
 と言うと女性は小さく息をついた。
 
「あの……、私、チャッピーちゃん、撫でてもいいですか?」
 
「あ、どうぞ。撫でてあげて」
 
 温かい手が夕子の左側の手首を持つ。スッと手のひらを降ろすと、ふかふかの絨毯のような感じが手のひらにあった。それは微動だにしなかった。
 
「賢い子ですね? ゴールデンですか?」
 
「……うん、あたり。でも、お姉さん、よく分かるね?」
 
 女性の声が高くなった。
 
「私が小さいとき、飼ってたので。ゴールデン……」
 
 ぬいぐるみのような手触りがふっと上に動いた。犬の顔が自分を見上げているようだ。
 
「ああ、そう……賢いのね、あなた……」
 
「お姉さん、チャッピィとお話してるみたい」
 
 その横でクスクス笑う女性の声が聞こえた。

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