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第3章 小麦の滴

真琴さんはうつむいたまま、わずかに頷いた。

何も困ったことはなかったのだと。

ー…真琴さん…。

「ほらな、こいつが勝手な思い込みで押し掛けて暴れたんだ。なんとかしてくれよ!」
柳田が吠える。

「そうなのか?」
警察官が僕を問い質す。
僕はゆっくり頷く。

ーこれ以上、僕が騒いでもどうにもならない。

「仕方ないな、もう少し話を聞くから、駐在所まできてくれ」

「…わかりました」

僕は仕方なく従うしかなかった。
僕はそもそも柳田夫婦とは無関係なのに、柳田の家の庭に勝手に入っていたし、柳田に馬乗りになっていたのは事実だ。
だから真琴さんが本当の成り行きを説明してくれなければ、悪者は僕ということになるのだろう。

ー真琴さんは柳田のことが怖くて本当のことが言えなかったに違いない。
ー僕が逆らえば、真琴さんはもっと追い込まれる。
ーでも、このまま僕がいけば、柳田はさらに調子に乗って真琴さんをいじめるかもしれない。

そんな心配が頭をよぎったが、僕はこのとき、できる精一杯の抵抗として、柳田を睨み付けることしかできなかった。

僕が立ち去るとき、真琴さんは顔を上げて見送ってくれた。
そのとき真琴さんの目から涙が一筋流れた。

ーごめんね…。

真琴さんの声が聞こえた気がした。

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