キャンディータフト(短編)
第1章 キャンディータフト
「暗くなる前に校舎見に行こうか」
そう言って立ち上がった大ちゃんは、私が立ち上がるのを待ってから再び校舎へ向かって歩き出す。
そのまま校舎へと入った私達は、古びた廊下を横並びで歩いて行く。こうして大ちゃんと並んで歩く事も最後になるのかと思うと、私は軋《きし》む廊下をゆっくりと一歩ずつ確かめる様に歩いた。
暫く黙って歩いていると、少し板の捲れ上がった廊下が目に入る。
「あっ……! 」
それを見つけた私は嬉しくなって小走りで駆け寄る。
「大ちゃん、見て見て! 」
こちらへ向かってゆっくりと歩く大ちゃんに向かって手招きをすると、私は足元の板を指差した。
「ほら、大ちゃんよくここで躓《つまず》いてたよね」
そう言って笑ってみせれば、大ちゃんは困ったように笑った。
「よく覚えてるね」
「忘れないよ、大ちゃんの事は」
妙な言い回しをした事にハッと気付き、私は慌てて顔を俯かせた。
気付かれてしまっただろうか?
今の言い方では、まるで遠回しに好きだと言っている様にも聞こえる。私はチラリと目線を上げると、大ちゃんの様子を伺った。
悲しそうな顔をする大ちゃんと目が合い、私の胸は急に騒つき始める。
「大……ちゃん……? 」
震える声で名前を呼ぶと、大ちゃんはすぐに優しい笑顔になると口を開いた。
「俺も、ひよの事は絶対に忘れないよ」
その言葉に、ついさっき感じた不安は一瞬で吹き飛び、私の顔は一気に熱が集中した。
それはどういう意味なのだろう?
目の前で優しく微笑む大ちゃんを見ても、その表情からは何も読み取れない。
何気なく言った言葉なのだろうか?
それでも、大ちゃんの言葉でこんなにも動揺してしまう。
高校生になった大ちゃんは、その容姿だけではなく中身まで大人になったのか、その余裕ある態度に私だけが翻弄されているのかと思うと凄く恥ずかしい。
エヘヘッと笑って誤魔化した私は、赤くなった顔を隠すようにクルリと背を向けると廊下を歩き出した。
すぐ後ろで聞こえる足音に、ちゃんと大ちゃんも付いてきていると確認した私は、火照った顔を冷ます様にこっそりと小さく手で扇いだ。