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ブルームーン・シンドローム

第1章 ブルームーン・シンドローム


 暁人と蒼は、高校のクラスメイトだった。話したことはあまりない。

 ただ、凛と響く流暢な敬語だけは嫌でも耳に入ってきた。クラスメイトに敬語で話すなんて、変わったヤツだと思っていた。

 端から見ると酷く他人行儀に見えるのに、口調が柔らかいせいか親しみやすい印象を与える。彼の周りには確かに人が多かった。

 けれども暁人は、自分に対してだけ彼の接し方が違う気がしてならなかった。

 視線をわざとそらされているような気がする。自分と話す時だけは、柔らかいはずの丁寧語が酷く冷たく、よそよそしいものに感じられた。

 気のせいかもしれない。気のせいじゃないかもしれない。日を増すごとに疑心は募り、はっきりしないからこそ余計に苛立った。

 そんな時だった。今日。放課後。夕日の射す教室で帰り支度をしていた暁人に、蒼は声をかけてきた。


「井筒さん。この後予定、あります?」

「……あ?」


 思いがけない問いかけに、暁人は間の抜けた返答をする。


「少し付き合っていただけませんか?」

「いい、けど」


 何部にも所属しておらず、コンビニで立ち読みするくらいしか用がなかった暁人には、断る理由が特にない。

 二つ返事で頷いた。


 夕日が教室を緋色に染めているせいで、蒼の顔は影になっていて見えない。

 ただ、彼が自分を見ている。いつもそらされてばかりの視線が、まっすぐ自分を捉えている。

 その事実だけが、暁人の脳を揺すぶっていた。

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