
狼からの招待状
第1章 幻都
「─出て行って頂戴。二度と来ないで」ヒステリックな女の声が、耳にこびりついて、こだましている。
「どうして、あなたがここにいるのよ」胸に抱えた深紅の薔薇の花束が、震えていた。深紅の薔薇─チャンミンの好きな花…。
足元が濡れた歩道に、滑りそうになる。霧が濃くなってきた……女の顔には、さまざまな感情がひしめき合っていた…
その後ろに眠るチャンミンの穏やかな横顔─もう、目覚めることは…、 ─気がつくと、路地裏に入り込んでいた。微かに足元が明るくなり、見上げると、ハングルの看板が、ぼうっと霞んでいた。(アンゲ?…霧)コリアンの店なのだろうか─。
階段を降りたところに、朱色の両開きのドア。表面は霧で濡れていた。 軽く押すと、小さな鈴が鳴る。─なかは、パブ風な造りで、外より暗い気がした。
奥の無人のカウンターだけが、明るい。小劇場の舞台のようだった。
ホッと、ためいきを吐く。(今夜も、ホテルには戻りたくないな…)古びたホテルの個室、眠れない夜─「ご注文は」いきなり降ってきた声。
「…ウイスキィ・ソーダを…」「ウイスキーは何を」「安いので、いいんだ」「モルトを?」─頷いた。
