テキストサイズ

狼からの招待状

第8章 水仙月

 ウェイトレスの娘は、森のなか
をさまよう妖精のようだった。
 ユノと森の妖精は、微笑み合う。
 そっぽを向いていたケイトは、ふたりを無視して、椅子から腰を上げる。
 妖精めいた娘は、きょとんとして、ケイトを見た。
 黄色いワンピースの腰を振りながら、外へ出ていく…「悪いね、パイの焼き上がり時間いつ?」
 妖精は、春の香りそのものの微笑みをした。



 「ユノ」服と同色の黄色いミニショルダーを振り回しながら、「ああいう、田舎臭い女、どこがいいの」「俺も田舎者だからね」「田舎っぺ同士、気が合うわけ?」ケイトは鼻を鳴らす。
 「そう。つまり、君ともお似合い…」
 真後ろで、クラクションが鳴り響く。
 「頭の固い、ダサい田舎者のユノさん」赤いバスのステップに飛び乗りながら、「時間を無駄にしたわ」通路側の席にドスンと腰を
落とす。
 すぐにバスは走り出した。
 「邪魔者は、消えた」
埃を舞い上げて、春の通りを去って行く赤バス…
 膨れっ面の黄色いワンピースの女を、空港まで運んで行く…
 免税店で、ケイトは口紅でも買うのだろう。ピンクの春の色…か?
 「ユノお兄さん」
 振り向くまでもなく、溶けた蝋燭の匂い……クリームいろの薔薇のドレス…唇…イボンヌ。
 微かに笑いを浮かべるユノに、「気を利かして、邪魔しないように、してたのに。…彼女、行っちゃたわね。良いの?」─ただ、黙って笑うだけのユノ。
 「良いチャンスだったのに」
薔薇の花びらの質感のドレス。花びらの深奥は、真紅にも見えるクリームいろの薔薇。
 「さっきから、黙んまりね」
背を向けて、歩き出すユノに苛立ったような声をかける。
 黙って、微笑むユノ。
 「何よ? 笑ってばかり…」
 石のアーチが、並ぶ街路が遠く見えてきた。
 「恋人、…彼氏のチャンミンにも、結局、裏切られて─」
 アーチの向こうは、小公園を兼ねた動物園になっているらしい。
 鮮やかな垂れ幕が、乾いた風に靡く…
 「やっぱり、頭が固いわ。ユノお兄さん」ポップコーンの絵が横腹に描かれたトラック、春の街を埃を舞わせ、走ってゆく。
 …「チャンミンは、一時危うかったけど快復した。俺はそれだけで、充分さ」「強がりね」「そうかな」「そうよ、要は捨てられたのよ」「だとしても、それはそれで俺は良いんだから」白い歯を見せる。
 「お人好しな、ユノお兄さん」肩を竦める。

ストーリーメニュー

TOPTOPへ