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狼からの招待状

第2章 霧魔

「きみは…」「イボンヌよ。運転手のおじさん、前の車、追って」スピードを上げるタクシー─「どうして」「気になるんでしょう」対向車のライトが目を射る。
 頭を振ったユノは、「家はどこ? 送るよ」「彼のこと、いいの」「いいよ、住所は」「おじさん停めて」赤信号の真下でタクシーはブレーキをかけた。前のタクシーは行ってしまった。
 するりと車道から歩道に動くイボンヌ。熱帯の河をくねり泳ぐ毒蛇の滑る動き…向きなおり、腕を組み、表情のない眼でこちらを見る。
 蝋人形館から持ち出して、道端に置いたような姿…信号が変わり動き出す車のなか、少女のブーツの底が、歩道から数センチ浮いているのを見た。



 ホテルの部屋に戻り、コートのベルトを解く。薄茶の布地は、コートと同じ色合い。暖房の効いた部屋はオフタートルのセーターだけでも、暑い。
 ベッド脇の小型冷蔵庫の黒い缶ビールを取り出す。…窓辺にいくと、ミルクのような霧が漂い…硝子玉の義眼を思わす瞳の少女人形が、不意に現れそうな夜…厚いカーテンを閉じ、ひとり掛けのソファ一に座る。
 

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