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蜃気楼の女

第28章 決断

 橋本は田所の意外な申し出に対し、ソファーに座ったまま固まっていた。尚子と出会ってから橋本は自分の人生感が大きく変化していくことに対応できずにいた。過去の経験を総動員してこの難題に対する対処法を模索するが、何の光明も、策も見いだせなかった。超能力のある人間が存在するなんて。はるか昔、ユリゲラーがスプーンを曲げている録画を見たくらいだ。それすら、インチキと聞いた。
「おじさん…… 」
 傍らで電話のやりとりを聞いていた尚子が、橋本の腕を握った。尚子は、橋本の腕を両手で抱えると、自分の頬に橋本の手の甲を当てた。橋本は尚子の柔らかで暖かい肌のぬくもりが手の甲から伝わってきた。尚子と橋本はそのままの姿勢で見つめ合った。この子には超能力という遺伝子が、民族の永年の恨みが、悪魔という怪物となって世界に報復しようとしているのだろうか。尚子が取ってしまうという破廉恥な行動は、尚子の祖先から受け継いだ遺伝子がさせる行動なのか。邪悪な心に疲れた16歳の尚子は、その安らぎを俺に求めている。これは、俺を好きとか言う感情とは違う。俺がたまたまいたから頼ったに違いない。平穏を求めてやまない感情が、愛なのか、この子には判断ができないでいる。
「おじさんが学園長になってくれたら、うれしいな、そしたら、好きな人といつも一緒にいられるもの」

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