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蜃気楼の女

第3章 児玉進一

 進一はよそよそしく指導する。そして、尚子は作業を止めて、進一の目の前に近づいて、進一の顔を睨み付けると、自分の足を軽く持ち上げると、進一の足の甲を一気に踏みつけた。
「アア、痛ーい、何するのーー? 」
「進ちゃんがあたしに意地悪するから、仕返しよ! まったくあたしに意見するなんて、身の程知らずでしょ? 進ちゃんはあたしの下部でしょ? 」
「まいったなあ、もう、そんな、訳の分からないこと言わないで、土曜日遊びに行くんだから、勘弁してよ、尚ちゃん」
「あらあ、苦しくなると、尚ちゃんって呼ぶのね…… ま、いっか? フフフ 許してやるね、じゃ、ここにキスして」
 右手の甲を進一の前に差し出す。どうせ、手を払われるのが落ちである。尚子は心の中で、すごく困った顔の進一を見ることが幸せだった。本当に心底、変態だった。さて、土曜日、進一が遊びに来たら、どうやっていじくり回してやろうかな、否、歓迎してやろうか。進一のことを考えただけで、わくわくして、もう、楽しくて、土曜日が待ち遠しかった。
 進一は土曜日を指折り数えていた。
「ああ、いよいよ、土曜日になるぞ、お父さんにどういう顔で接したらいいんだろ? 」
 尚子の父・安田仁から尚子の高校時代から絶大の信頼を得ていた進一は、久しぶりに尚子邸を訪問することを考えると、気が重かった。東大受験前日は、進一のとって、魔の変換点だった。あれから、人生の進路が大きく変わったと言っていい。

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