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蜃気楼の女

第13章 児玉進一の幼少期

「ナルミさん、トマト、おうちで料理して使ってね。焼いたりしてもおいしいのよ。あ、午後、焼きトマトの料理、一緒に作らない? 」
 珠子は妹のようにナルミの世話を焼いた。ナルミは珠子の心遣いが嬉しくて、姉のように慕った。蜃気楼では経験したことのない関係だった。この人は人を攻撃したりする考えが全くない。それが、珠子の脳に何度となく入り込んだが、憎むという感情が脳に存在しない特殊な女である。この女は一体どうやって生きる気力が生まれるのか不思議でしょうがなかった。蜃気楼の人たちは洞窟の中で隠れるように暮らし、いかに拉致した男の精液を確保するか、画策していた。自分のDNAのコピーを作るためである。そうやって、しのぎを削っていた世界とは大違いである。父は蜃気楼の国を理想郷と言っていた。それは、自分たちの住み世界に満足し、納得するために付けた名称に過ぎなかったのではないか。
 ナルミは蜃気楼を思い出すたび、あまりにこの日本という国とかけ離れていることに恥ずかしく、そんな思考、思想しか生まれなかった自分たちが愚かで、そういう世界で満足しなければならなかったことに、悔しさ、腹立たしさがこみ上げてくる。この日本という社会を知ってから、なおさら、悔しさ、憎しみ、腹立たしさは増大した。そんな気持ちになってしまう自分の心を、尚子の世代から生まれないようにしたい、とも思った。進一と尚子にその種の誕生を委ねたい。長い道のりだが、自分たちの世代でいつか終わらせたい。そう願わないではいられなかった。
 隣家と言うことでナルミも珠子もお互いの家に行ってはとりとめのない話をした。珠子の夫・進太郎は食品会社に勤務している。珠子とは職場恋愛で結婚した。そんな珠子の生い立ち、思い出話が、ナルミの記憶に少しずつ増えた。平和でとりとめのない平凡な退屈な日常の繰り返し。そういう生活を楽しめる心がナルミにはうらやましかった。
「ナルミさんって、とてもプロポーションがいいわね、うらやましいわ。何かトレーニングなさっているの? 」

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