不純異性交際(下) ―それぞれの未来―
第5章 恋人ではない
「す、すみません。お邪魔してます…!」
会釈をすると、
「いいのいいの、ごめんねぇ私、知らなかったから突然あけちゃって。まぁビックリしたわぁ~、もうあんた、言っておいてよ本当に~」
とまた繰り返して笑っている。
私までつられて笑うと、
「それで用は何なんだよ(笑)」
お母さんの長いセリフを遮るように瀬川くんが言う。
「あっ、そうそう。あんた今日工具持ってくって?それは良いんだけど箱の中にね、ネジが入ってるからそれを…」
なにか用事を話しながら2人は外へ出ていった。
さっき瀬川くんが車に載せたであろう工具ボックスをガチャガチャといじっている音がしたあと、「彼女?」と声が聞こえた。
そのあとの瀬川くんの返答は聞こえなかったが、すぐにドアが開いた。
「じゃ、ごゆっくりね?…こんなむさくるしい部屋で…あんた、キレイにしときなさいよぉ~?!」
「いや、もう行くって」
「あら、もう行くの?やだもう何のお構いも出来ませんで。おにぎり作ってこようか?ね?おにぎり!」
「いいって(笑)もう行くから」
「もう行くって、すぐ出来るじゃん、おにぎりだもん。なに、”もう行く、もう行く”って。すぐじゃん、ねぇ~~?」
お母さんはそう私に投げかけると、いそいそと母屋へ戻っていった。
「…ごめん」
瀬川くんは申し訳無さそうに苦笑いをしている。
「ううん、全然。私こそ、ちゃんと挨拶してなかったから…失礼だったよね」
「いや、大丈夫。あれは喜んでる(笑)」
紀子と別居を始めた頃から、瀬川くんの両親は2人の関係について良く思ってはいなかったと以前聞いていた。
そして離婚する数ヶ月前から、紀子の両親も”もう関係修復は無理ではないか”と口にしていた。
結果的に家族の誰からも応援されなくなった夫婦関係を終えた瀬川くんは、母親が喜んでいる事にどこか満足そうだった。
そして私も、後ろめたい気持ちがないと言ったら嘘になるけれど、瀬川くんのお母さんが明るく気さくな人でホッとしていた。
車に荷物を載せると母屋からお母さんが小走りでやって来て、アルミホイルに包まれた温かいおにぎりを私に手渡してくれた。