不純異性交際(下) ―それぞれの未来―
第8章 なにかが変わる時
「私が中学のときお母さんが死んじゃって…そのとき姉ちゃん24じゃない?そこからずっと私のことばっかりで、挙句の果てに私は旦那ナシで子供だけ作って住み着いてるわけで(笑)」
「まぁ、お姉さんの若かりし時間は全部紗奈にささげてきた感は否めないよね(笑)」
「でしょ?」
食事を終え、目を覚ましたいっちゃんを抱きながら紗奈は一瞬考えていた。
「今の家、出るのもアリなのかなぁ…って」
「いっちゃんと2人で?大変になるね…」
「でも世の中にシングルマザーって沢山いるし、私は恵まれてるんだよ多分。そろそろ姉ちゃんを開放してあげなきゃって最近すごい考えちゃう」
にこやかに、しかし芯のある言い方で紗奈は言った。
「でも…仕事とか、お金とか大丈夫?」
「母子手当が少しは入るのと…この子の父親と別れるとき、ちょっとまとまった金額もらったんだ。子供出来たのは知ってるから」
「そうなんだ…」
「まぁ、産んだとは思って無さそうだけどね(笑)そりゃ、落ち着いたら仕事は復帰するつもりだし」
「紗奈、鍼灸師の資格持ってるもんね。就職は困らなそう」
「…自宅で開業っていうのもいいなってちょっと思ったり」
「それ良いじゃん!」
「予約があるときは樹を預けて、それ以外は一緒に居られるしね。良いかな?」
「うんうん、良いと思う!私も預かれるときは預かるし。まだ、小さすぎて無理だけど…(笑)」
「ははっ、そんなにすぐの話じゃないから大丈夫。そう言ってくれるとありがたいよ」
私はいっちゃんを抱いて紗奈に写真を撮ってもらい、瀬川くんに送信した。
紗奈と別れて帰宅し、職業病だろうか、紗奈の開業する鍼灸院の看板デザインなどを落書き程度にラフに描いていた。
いっちゃんを生んでからまたひとつ強くなったように見える紗奈が、新しい道へ歩みだす事が心から嬉しかった。
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6月に入り、私は久しぶりに喫茶「アップル」に向かっていた。
空は明るいのに傘がいらないくらいの小雨が降っている。
早足でたどり着いたアップルの看板を見ると、なんとも言えない安心感につつまれる。
---シャランッ。
今日は、バラ組の特等席である窓際が他の客で埋まっていた。