
美しい影
第5章 美しい影
俺は亜美に語りかける。
「それはいい事だね。よくいるんだけどさ、『私の歌唱テクニックは上手いでしょ〜』とか、『私の上手な歌を聴いて〜』っていう感情が剥き出しの歌い方の人。
でも、それって聴いている方としては邪魔な感情でしかないんだ。
亜美にはそれが無いから、歌声の良さそのものが自然と耳に入ってくる。だから心地良いんだよ」
俺がそう言うと、亜美はキョトンとした表情をした後、急に顔を歪ませて泣き出した。
俺はオロオロしてしまい、
「ど、どうした?ゴメンなんかヘンな事言っちゃったか?」
亜美は下を向きながらも首を降る。
「えぐっ…、えぐっ…。違うんです。人に褒められた事無くて…。嬉しいんですけど、怖くて…」
「あ、ゴメン…。勝手に俺が先走り過ぎたね。やっぱりバンドの事は一旦忘れよう…」
俺の中では亜美がバンドのフロントで歌うイメージができていたが、まだ亜美の気持ちがわからないうちに色々と急ぎすぎた。
それに、初めて中学の中庭でギターを弾いた時の自分を思い出す。
怖いんだよな、人に何か期待されたり褒められたりするのが。
