
美しい影
第5章 美しい影
亜美は目を泳がせながら
「あ、あの、わ、私なんかでいいんですか?」
俺はピアノから亜美の方へ身体ごと向きを変える。
「うん。亜美じゃなきゃダメだ。亜美の歌声を聴いてしまったら、他の人をボーカルになんて考えられない。もちろん、俺が歌うなんて事もね」
「あ、あの、カズさんの声、す、好きです!それに私なんかより全然上手いと思います」
予想外の答え。俺が亜美より上手い?思わず笑ってしまう。
「ははは、ありがとう。でもね、俺はテクニックを駆使して上手く聴こえるように歌っているだけ。キレイで一本調子な声っていうのはトレーニングをすれば誰でも出来る。カラオケ採点で高得点を取るのは特別な事じゃない。
言葉で説明するのは難しいんだけど、例えば透き通った高音に味のあるザラつきが混じるとか、ハリのある低音の中に湿度が感じられるとか、そういった歌声は誰にでも歌えるものじゃないんだ。
だから亜美には無限の可能性を感じるんだよ」
「私は一度も歌が上手いと思った事が無いんです。ただ、歌う事は好きですけど…」
亜美の素直な答えに俺は嬉しくなった。やっぱり亜美がスペシャルな存在なのはこういう部分なんだ。
