
美しい影
第5章 美しい影
俺は亜美の肩に手を添えて
「いきなり無理言ってゴメンね」
と謝った。
でもそれをきっかけに泣き顔のままの亜美が顔を上げた。
「違うんです。こんなに良くしてもらって。毎日寝るのが怖いんです。夢なんじゃないかって。起きたらまた実家で、ひたすら怯えて生きる日々に戻るんじゃないかって…」
俺は亜美の頭をそっと撫でる。
「もう大丈夫、大丈夫だから。これからは自由に生きていいんだ」
泣きじゃくる亜美をそっと抱きしめた。しばらくそのまま固まっていた亜美が不意に俺の背中に腕を回し、胸に顔を擦り付けてひたすら泣いていた。
そしてポツリと言った。
「カズさんと一緒に音楽がしたいです」
「うん。ありがとう」
俺は今、かけがえの無い宝物を抱きしめているのだと知った。
亜美には歌しかなく、俺には楽器しか無い。
俺たちはつらい過去という長く暗い影がある。
けれどそれが二人を引き合わせてくれたのかもしれない。
これからは亜美の歌声と俺のギターで美しい影を作り出す、そう決めたんだ。
〜完〜
