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ドSな兄と暮らしています

第3章 たった1人の家族

適当に笑いながら、そんなことを言ってみるけれど、いつもより上手く笑えない。
息をしたら、涙が出そうな、そんな笑顔をしているのが、自分でもわかったから、兄ちゃんにもバレていた。

「だとしても、いつもと違う。心が何処にもないみたいな顔してたぞ」

兄ちゃんは、流しで布巾を洗いながら言った。
向かいの席に座ってから、俯いておにぎりを齧る私の名前を改めて呼んだ。


「汐夏」


真っ直ぐと私のことを見つめる。

「俺は汐夏が、起きた時から、なんかいつもと様子が違うと思ってる。なんかあったか?」

その真剣な眼差しに、兄ちゃんには話した方がいいと思った。
私は、兄ちゃんの目を見ないまま、今朝の夢の話をぽつぽつと話し出す。

「この夢、見るとぼんやりしちゃうんだ…… まだみんな生きてるんじゃないかって。」

私以外の家族はみんな亡くなったのに、何で私だけ生きているんだろう。
心の奥底にずっと燻っていた気持ちが、きっと夢を見せている。

何も言わずに、ぜんぶ聴き終わった後に、兄ちゃんは言った。

「……無理しなくていい。7年経っても受け止めきれないのは当たり前だよ。俺だって、もう15年経ったけれど、まだ15年って感覚がある。何も忘れていない」


共に親や家族を亡くして、不思議な縁で繋がった私たちだ。
食卓に、決して明るいとは言えない空気が流れるけれど、兄ちゃんの言葉が紡がれたとき、温かさがあった。

「今度また同じ夢を見て、何度傷ついたとしても、俺がいる。大丈夫だ。泣いても、悲しんでもいいんだよ。当たり前のことだから」

声もなく頷く。声を出したら、また泣いてしまいそうだったから。


心がザワザワ、ぼんやりとしたまま、学校に行くことになってしまった。
兄ちゃんは私が家を出る時、心なしかいつもより長く頭を撫でた気がする。
そして、玄関の扉を閉めるその瞬間まで、私を見送っていた。



ーーそんな日に、事件は起こる。

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