
ドSな兄と暮らしています
第3章 たった1人の家族
校門を出たところに、兄ちゃんは立っていた。
私を見つけると、自転車を押しながら、
「帰ろう」
とだけ言った。
兄ちゃんにはいっぱい伝えたいことがあったけれど、そのどれもが言葉にならなかった。言葉にすることができなかった。
何から言えばいいかわからなかった。頭の中で組み立てた言葉が、口から出る直前にバラバラになってしまう様な感覚で、混乱していた。
自転車を押しながら、ゆっくりと歩く兄ちゃんの後をついて行く。
夕暮れ時、日が傾いて少し寒くなって来ていた。ゆっくり、ゆっくりと進む。影が伸びてきて、家に着く頃には、辺りは薄暗くなっていた。
「おかえり」
玄関を開けた時、兄ちゃんは私に言った。
私は、兄ちゃんを少しだけ見上げて、口だけパクパクと動かすけれど、『ただいま』という言葉が声という音にならない。
兄ちゃんは少しだけ驚いたような、傷ついたような顔をしたけれど、直ぐに、
「先に風呂入りな。今は体を少し楽にすることだけを、考えようか」
と、笑って言った。
その表情が、余りにも優しくて、柔らかかった。
やっぱり、兄ちゃんがあんな風に言われる筋合いはない。
その瞬間に、昼間のあの子のデタラメな言葉が許せなくなって、悔しくて悔しくて、堰を切ったように、涙が溢れ出していた。
