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ドSな兄と暮らしています

第3章 たった1人の家族


2人並んで、リビングのソファに座る。

「はい」

と、兄ちゃんはココアの入った私のマグカップを手渡す。
私は両手でマグカップを受け取ると、暖をとりながら、そっとカップに口をつけた。

「熱いから、気をつけてな」

言いつつ、兄ちゃんはコーヒーを啜る。


しばらく、お互いが少しずつ飲み物を啜る音が、リビングに響く。マグカップから立つ湯気を吸うと、ココアの甘い香りが胸いっぱいに染み渡った。

長い長い沈黙。だけれど、不思議と居心地が良かった。その時間いっぱいを使って、ココアを飲む。
他のどこでもない、兄ちゃんの隣が、私にとっての居場所なんだと思った。

ようやく、安心できるところに帰ってきたんだ。

ほっとして、大きく息つく。
同時に疲れがどっと押し寄せてきていた。
気持ちの波が行ったり来たり、引いては押してを繰り返していた。
そのどの波も、私の心の体力を少しずつ削っていった。
私はそっと兄ちゃんの肩に頭をもたせると、目を閉じた。その温かさを、触れたところ全てで感じ取る。

「……兄ちゃん」

小さく、か細い声だったけれど、ようやく言葉を声にすることができるようになった。
兄ちゃんは、返事をする代わりに、私の頭を撫でた。

「……ありがとう」

いまはこれが、私の中にある、言葉の全部だ。

一筋だけ、涙が横に流れていく。
その涙が兄ちゃんの肩に触れた時、私は、長くて深い夜の片隅に落ちていった。

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