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ユリの花咲く

第5章 救急搬送

田辺吉之助さんが、二週間の長期滞在をすることになったのは、7月の事である。

田辺さんは、要介護5の利用者さん。

普段は奥さんと息子さんで介護をしているが、週に2日、入浴とレスパイトケアのために、瑞祥苑を利用している。

ほとんど動く事が出来ず、昼間、何とか車椅子で2~3時間過ごしてもらうように対応しているが、それ以外は寝たきりの生活だ。
食事も自分で摂取は出来ず、ミキサー食で、介助が必要だ。
食事を受け付けない時には、エンシュア等の栄養補給飲料などで対応しなければならないが、
それを飲ませるのも一苦労だ。

さらには、認知症がひどく、口に入れた食事を吐き出したり、突然叫びだしたりすることもある。
また、皮膚は薄くカサカサになっており、誤って少し強めに手首などを握ってしまうと、皮膚が裂けて出血してしまう。

当然、排泄はオムツ対応で、服用している薬の影響なのか、毎回オムツは軟便で汚れていて、
陰部洗浄にも手間がかかる。


6月末、私は宮沢施設長から相談を受けた。

「有紀ちゃん、ちょっと相談なんだけど・・・」

「はい・・・」

私は少し身構えて、施設長の話を待つ。
彼女が私に相談というのは、たいてい無理難題をいう時だから。

「田辺さんなんだけどね。奥さんが膝の関節の手術の入院で、二週間程預かってほしいらしいのよ」

宮沢施設長は、困った顔で言った。

私も、負けずに困った顔で応える。

「田辺さんを、2週間ですか・・・。
ハッキリ言って、めちゃくちゃ大変ですねえ」

「そうなのよ。でも、吉岡ドクターの患者さんだし、断るのはちょっと出来ないのよね」

宮沢施設長は、心苦しそうに言う。

「仕方がないですね。何とか、他のスタッフにも協力してくれるよう、話してみます」

私は、了解した。

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