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優しく咲く春 〜先生とわたし〜

第14章 文化祭

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いっちゃんが体育の時間に倒れた。
その場で直ぐに、救急搬送になったという。
放課後、由貴くんと合流したとき、その一部始終を聞いた。

ちょうどその時、わたしは井田先生の理科の授業中だった。途中、職員室からの電話で、井田先生が授業を中断して、「ちょっと自習してて」と、少し慌てたような様子で理科室を出て行った。
思えばきっと、医師免許をもった井田先生が、いっちゃんのもとへ駆けつけたのだろう。

その10分後くらいだったと思う。遠くから救急車のサイレンが聞こえて、学校の近くで止まったのは。

まさか、それにいっちゃんが乗せられて、入院になるだなんて、思ってもみなかった。



放課後、わたしと由貴くんは、早めに作業を切り上げると、お見舞いに訪れた。
病室のベッドの上。背を向けて小さな声で、呟くようにいっちゃんは言った。

「さっちゃん、由貴くん、ごめんね」

その肩が、震えていた。
繋がれた点滴と、その小刻みに揺れる体に、わたし達はどうすることもできずにいた。

「文化祭までに頑張って治すから……ごめんね……ごめん」

言葉にする、いっちゃんの声が震える。

文化祭までに戻って来れるんだろうか……?
いや、戻って来れないのはきっと、いっちゃんが、いちばんわかっているんだ。
いっちゃんは、誰よりも強くて、強がりだ。

だから、泣いていた。背中を擦りながら、泣き止まないいっちゃんに、かける言葉が見つからない。
……いつか、いっちゃんが、わたしの背中をさすってくれたときのように。少しでも。

そう思ってみたけれど、わたしは自分の目から零れた涙を止めることができなかった。つらいのはいっちゃんなのに。

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