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優しく咲く春 〜先生とわたし〜

第15章 文化祭(後編)

「なんだっていいじゃん。どこでどう傷がつこうが、井田先生には関係ないですよね?」

強気で、生意気な口を利いても、中身は13の子ども。俺は振り払われた由貴の手をしっかり掴んで、由貴の袖をまくった。顔を覗き込む。

鋭く、その目を見つめた。
普段、生徒には見せることの無い顔を、今、自分がしていることを意識する。

由貴の状況は、最悪の一歩手前。
早く、救わなければ。願いを込めるように、言葉を紡いだ。

「……自分の体、大事にしなよ。自分でやったって言い張るならなおさらだよ。こんな馬鹿なことすんな」

静かに、怒りを含めて由貴に伝える。
はっとしたような顔をして、一瞬だけ瞳が揺らいだ。また、『助けて』と言うように。


「うるさい!」


思い出して、慌てたように、目を逸らす。
想像以上の深さの何かを、彼は持っている。

「うるさくないよ。大きい声出してるのは樫木くんでしょ? ……火傷、治ってない。保健室行くよ」

「だから、放っておいてって!」

「本当に放っておかれたいの? 誰かに助けて欲しいんじゃないの?」

確信をつくよう、静かに言い放つ。由貴は苛立ちを込めて乱暴に手を振り払い、走り出した。
酷い火傷痕、誰かから故意に付けられた、そんな傷を久しぶりに目の当たりにし、戸惑いがあった。

意外なほど、事態は急を要する様を見せてきた。

「参ったな……」

一人、由貴の走っていった方向に目を向ける。
誰に、どんな状況で、あの痕を付けられることになってしまったのか。由貴からしか聞けないそのことは、由貴が心を開くのを待つ他ないのか……。
急がなければ、傷だけでは済まない。焦る気持ちが生まれていた。

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