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優しく咲く春 〜先生とわたし〜

第18章 揺れる日々

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わかっているんだ。
このままじゃだめだって。
でも、焦れば焦るほど、どうしていいかわからない。

水の中でもがいて、息ができないみたいな。

そんな感じになる。春ちゃんの服の裾を握っていないと、溺れてしまいそうで……もう溺れているのかな。


水音と、食器が重なり合う音が、キッチンに響く。春ちゃんが、手際よく動かすその手先を、じっと見つめた。
痛そうな赤切れがいくつもあって、でも春ちゃんにはそれが気にならないようだった。

お皿をゆっくり洗いながら、わたしに声をかける。


「咲は今どんな気持ちかな」


どんな……
どんなっていっても……なんて言えばいいか……。

考えていたら、水で濡れる春ちゃんの赤切れから、目が離せなくなった。

充分な間が空く。
きっと、春ちゃんはわたしの言葉を待っている。


「不安な気持ちかなぁ」


不安……。
平たい皿が、水を弾いていく。


「怖いのかなぁ」


怖い……。怖いすごく……。
わたしはすごく不安だし、怖いし……。



でも、怖いのって、わたしだけ?
不安なのも……わたしだけかな……。



春ちゃんは。
春ちゃんの気持ちは……。

春ちゃんが、わたしの湯のみをゆすぐ。

わからない、声が出ない。
すごくすごく、頭の中がごちゃごちゃしている気がして。

「んー?」


春ちゃんが、わたしに目を合わせる。
わたしの目が泳ぐ。口を動かすのに、1文字も言葉になっていかない。

本当に、溺れてるみたいだ。

深い深い、足がつかない言葉の海に、沈んでいく…………。

なんて声にしたらいいんだろう。
息ができなくなる寸前で、春ちゃんが助け舟を出す。

「咲の気持ち、言葉にできたらいいね。ちゃんと待ってるから」

……待っててくれる?
でも、春ちゃん、わたしの気持ち伝える前に……いなくなっちゃったりするのかな。

いなくなっちゃうなら……。


意味、ないのかな…………。


握っていた手を離す。
考えすぎて、頭が疲れてしまった。
だめ、すごく、ねむい……。




沈んでいく。
体が、意識が、






深い深い海の中に。



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