優しく咲く春 〜先生とわたし〜
第18章 揺れる日々
コーヒーの入ったマグカップに口をつけながら、春斗が目を閉じる。脳裏に咲の様子を思い浮かべているようだった。
「うん……声にする前に、言葉が頭からこぼれおちるみたいな」
春斗も俺も、仕事柄、いろんな子どもの様子を毎日見てきている。
気づかなければならないこと、察せなければいけないことは山ほどある。
春斗の服の裾を、拳が白くなるほど握っていた咲。
何も言わない、言えない咲の気持ちを想像する。
「……でも、怖いんだろうな。服の裾握ってないと、どこか行っちゃうって。……強迫観念みたいな」
春斗が九州に行く日までは、時間がある。
しかし、春斗がいなくなる日が来ることを実感すると、途端に恐怖が湧いてくるのかもしれない。
「強迫か……そうかもね」
春斗が頷きながら、深いため息を吐き出す。
……それと、不安はもう1つ。
「このままだと、今月の治療は1人じゃ無理そうだな……」
頭を掠めていた心配事をこぼす。
咲の次の月経が来るまでは、あと2週間。
どうしたって、治療はしなくてはならない。
でなければ……。
「そっか……仕方ないね。後から苦しむのは咲だし」
春斗が壁のカレンダーに目を這わせる。
もう1つ、深いため息をつきながら。
「あー……卒業だと思ったけど、思うようにはなかなかいかないかー……」
春斗が机に突っ伏す。
春斗が咲の治療に対して感じている負担も重々承知しているが、春斗なしでは治療は上手くいかない。
婦人科で機械を使うことになったら、咲の気持ちが更に追い込まれることは目に見えている。
「これで最後になるといいけどな」
春斗の背中を軽く叩いて、キッチンへ追加のコーヒーを淹れにいく。
治療までは、あと2週間。
それまでに、咲の気持ちが少しでも落ち着きを取り戻せるようにしなくては。
……しかし、解決の糸口も見い出せず、無情に時は過ぎていく。