テキストサイズ

龍と鳳

第9章 龍の過去ちらり

神事は例年通り朝のうちに始まり、中天に陽が差しかかる頃、御神鏡がお社に到着した。

毎年、山頂まで神輿(みこし)が進む間は、どこからともなく行者姿の天狗たちが集まって来て両脇の守護を固める。

大天狗、烏天狗共に人形(ひとがた)を取ってはいるが、彼らは二形(ふたなり)ではない。あくまで擬態だ。
どことなし異様な雰囲気を纏っているのが人間にも分かるらしい。

先頭を歩くオイラの後ろで、大真面目に神輿を担ぐ神職と、周囲ににらみを利かせる天狗たち。
一見人間にしか見えない白装束の行列も、視えるものがみれば、その異形と神々しさにさぞかし肝を冷やすことだろう。

とどこおりなく神事が済むと、お社の奥では直会(なおらい)がある。

大天狗と烏天狗は昔から張り合うのが好きで、なんだかんだケンカしながら、お供えの酒でどんちゃんするのが恒例だ。

オイラは程良きところでお社を抜け出し、外で一人酒を楽しむことにする。

雪に覆われていた山頂も少しずつ山肌をのぞかせて、渡る風に草花の放つ春の息吹が混じっていた。
明日からまた、開山を心待ちにしていた大勢の参拝客が、お山へ入ってくるだろう。



『見ろよ、智
人の子はなんていじらしいんだろう
あんなに小さな家で一生懸命に家族を守って…
ささいなことで泣いたり笑ったり大騒ぎしてさ…
生まれたと思ったらあっと言う間に一生を終えてしまうんだ
儚くて、しぶとい』



眼下に見える豆粒みたいな人家をつまみに酒を飲んでいると、アイツの言葉が思い出された。

「……オイラは元気にしてるよ」

「そりゃ、良かった」

頬を撫でる風に独りごちると、後ろから返事があったからびっくりした。

「松兄」

「おう、今年もお疲れさん」

大きな瓶子を目の高さに掲げて、行者姿のままニッと笑った。人形を取ってはいるが、背中に大きな黒い羽が見えている。

「宴会はいいの?」

「ウチはリーダーがいるし
大天狗の方は坂本君がいるから平気だろ
せっかくの機会だ
飲もうぜ」

「うん」

よっこらしょ、と言いながらオイラの隣に腰を下ろし、空を見上げた。


ストーリーメニュー

TOPTOPへ