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龍と鳳

第9章 龍の過去ちらり

「今日は賑やかだな
龍が沢山泳いでいる」

「そうだね」

神様がおわすような高い山では大抵眷属として龍がお仕えしている。縄張りというわけではないが、通常は神域ごとに龍は一体のみだ。
今日みたいな特別な神事の時には日ノ本(ひのもと)中から各お山にお仕えする龍がやってくる。

オイラ達には基本的に同族の仲間意識はない。
一人で生まれ、一人で育つ。
家族という感覚もないから、集まったところで顔見せ程度だ。

姿を見てお互いに「おう、来たか」「来たよ」と息災を確かめたら、後は好き勝手に泳いで帰る。
稀に、龍と龍が共に行動することもあるが、原則としてオイラ達は気ままな存在だった。

だから、アイツは例外だったな。

「…………」

「…………」

珍しい黄龍や黒龍の姿を目を細めて眺める松兄を見て、何を考えているのかわかる気がした。
きっと、オイラと同じだろう。

今はもういない、緋色の龍。
最期まで人の子を守るために力を使って、消えてしまった。



「…そういや、あのちび、居ねぇな」

「ぷっ、ちびって翔のこと?」

緋龍に面差しが似てるから、思い出したんだろう。
ちび、と言いながら声に慈しみがこもっている。

「家出した」

「はぁ?」

「添い寝は駄目だ、つったら拗ねちゃって
タマゴ産むんだって怒って家出
ふふっ、大変だよも~」

「大丈夫なのか?」

「何が?」

「今日から人間が山に入れるだろう」

「ああ……日頃から無視しろって教えてるし
あいつ怖がりだから平気でしょ
……いや、どうかな
そう言われると心配になって来た」

杯を満たしてやりながら答えると、松兄はニヤニヤと何か言いたそうな顔をする。

「何?」

「いや? 楽しそうで何よりだ」

クイッと飲み干して杯を置くと、オイラの頭を撫でてくれる。

「松兄、いつまでも子供扱いしないでよ」

言うと、齢(よわい)千年を超える烏天狗は、オイラの頭を両手で挟んで髪をかき混ぜるみたいに撫でまわした。


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