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龍と鳳

第13章 人の子

人形を意識的に取れるようになってからは、生活の中で人の子の姿になっている時間が長くなった。
しょーちゃんはオイラの親代わりだから、人間の作法や生活様式も教えてくれた。

読み書きやそろばんも教えてくれたし、食事の仕方とか、湯あみの仕方とかね。
毎日陽が沈むと人の子の姿になってお社で寝て、朝起きるとちゃんと着物を着て一緒に膳を囲んでたよ。

その当時、日ノ本は今みたいに豊かじゃなかったし、食事と言っても質素なものだったんだけど。
オイラ達みたいな二形(フタナリ)は基本的に四つ足の獣肉は食べない。
お社に奉納された供物を頂いてるし、大体が粥と青物、せいぜい豆腐とか。
芋、栗、かぼちゃの甘味があれば御馳走だった。



その日は珍しく朝から小豆粥で、オイラは超ご機嫌だったから起きたことも良く憶えている。
早く口をつけたくて両手で椀を持ってるとしょーちゃんがいつものように声を掛けてくれた。

「智、熱いよ。火傷するから、ちゃんとフーフーして」

「らいじょうぶ」

「椀から食べると口が焼ける。お匙で食べな」

「オイラ平気だもんっ。アツッ!
ひょーひゃんっ、あちゅい……ふえぇ」

「ほら~泣かないの。
おくち見せて。あ~、ってして」

「あ~」

思い返してみるとオイラ、かなり甘やかされてたんだなぁ。
匙ですくった一口分をしょーちゃんにフーフーしてもらって食わせてもらったりしてた。

あの頃は多分、人の子で言うと7、8歳ってとこか。
もうちょっと上だったのかも?

龍は長生きする分成長がゆっくりだから、人の世では江戸も大分終盤の頃だ。
黒船はまだ来てなかったと思う。



「ごめん下さりませ~。
熊野からまいりました~。
おたのみ申しまする~」

食事中にお社の外から子供の声が聴こえてきたんだ。

宮司とかの神職はいちいちオイラ達に声を掛けたりしないし、作法にのっとって神様にお仕えしてる。
お山の頂上まで里の童たちは登って来られないから、こんな風に声を掛けてくるのは人間じゃない存在だ。

「しょーちゃん、誰か来たよ?」

「ああ、来たか。智、出迎えてくるから待ってて」

「オイラも行っていい?」

「いいよ」

「子供の声だったね」

「そうだね、どんな子かなぁ」

にっこり笑うしょーちゃんは唇の形がキレイで。
いつも通り、つぶらな瞳を優しくゆがませてオイラを見ていた。

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