龍と鳳
第14章 龍の涙が降らす雨
『アタシは……追い出されるのが怖くて、逆らえませんでした……お江戸の水にようやく慣れて、住処をなくすのが怖かった……女一人で生きて行けるはずもないと……。
逃げれば良かったんです……野垂れ死んだとしても、もっと早くに里へ戻っていれば、我が子を奪われる悲しみも、憎しみも、知らずに死ねた……』
娘の目からとめどなく涙が流れる様をじっと見ていたしょーちゃんが、口を開いた。
「何故、神仏を頼らなかったのだ。
お前は信心深い両親のもとに育ち、里の氏神や観音からの縁もあった。すがれば助けがあったであろうに。
我らは、求められねば、人の子のさだめに立ち入ること叶わぬ。
お前を可愛がる神仏の声さえ聴き取れぬほど、心を曇らせたか」
娘は光の無い目をわずかに動かして、しょーちゃんを見たようだった。
『申し訳も、ないことで……おっ父と、おっ母が相次いで死んで、アタシは疑心を持ちました……神様も仏様も、どうして……どうして助けてくれなかったのかと、恨めしくて……。
己の心が神仏には透けて見えるようで、恐ろしくて、お参りも避けるように……。
アタシは……アタシは、恐れ多いことに、夢を見たんですよぅ。
若旦那様には、御子がおられなくて、アタシが身籠ったことがわかると、それは優しくしてくださった。
大旦那様も、大奥様も、子が出来なかったのは、若旦那様のせいではなかったのだと仰って、お喜びでした。
生まれてくる子は、決して悪いようにはせぬと、約束なさったんです。
若奥様は武家の出……田舎娘なんぞとは、比べようもないものを……もしやして、離縁なさって、後添いになれるのでは、と、アタシは大それた夢を……』
「追い出されたのか」
『罰が当たったんです……生まれた坊やを、取り上げられた……難産で、助からなかったと噓を……産婆も、奉公人も……みんな知って……初めから、跡継ぎを産ませるために雇って……あげく、故郷で養生しろなどと、厄介払い……命がけで産んだのに……返して……子供を返して……あの子はアタシが産んだ……』
娘の告白にオイラと岡田っちは息を吞んだ。
語るうちに恨みがよみがえったのか、娘の周りに漂う墨色がどんどん濃さを増していく。
娘自身から発した怨念が、躰全体を繭のように覆い始めた。
「あぁ、ダメだ。ああなったら成仏出来ない」
隣にいる岡田っちが諦めたような声を漏らした。
逃げれば良かったんです……野垂れ死んだとしても、もっと早くに里へ戻っていれば、我が子を奪われる悲しみも、憎しみも、知らずに死ねた……』
娘の目からとめどなく涙が流れる様をじっと見ていたしょーちゃんが、口を開いた。
「何故、神仏を頼らなかったのだ。
お前は信心深い両親のもとに育ち、里の氏神や観音からの縁もあった。すがれば助けがあったであろうに。
我らは、求められねば、人の子のさだめに立ち入ること叶わぬ。
お前を可愛がる神仏の声さえ聴き取れぬほど、心を曇らせたか」
娘は光の無い目をわずかに動かして、しょーちゃんを見たようだった。
『申し訳も、ないことで……おっ父と、おっ母が相次いで死んで、アタシは疑心を持ちました……神様も仏様も、どうして……どうして助けてくれなかったのかと、恨めしくて……。
己の心が神仏には透けて見えるようで、恐ろしくて、お参りも避けるように……。
アタシは……アタシは、恐れ多いことに、夢を見たんですよぅ。
若旦那様には、御子がおられなくて、アタシが身籠ったことがわかると、それは優しくしてくださった。
大旦那様も、大奥様も、子が出来なかったのは、若旦那様のせいではなかったのだと仰って、お喜びでした。
生まれてくる子は、決して悪いようにはせぬと、約束なさったんです。
若奥様は武家の出……田舎娘なんぞとは、比べようもないものを……もしやして、離縁なさって、後添いになれるのでは、と、アタシは大それた夢を……』
「追い出されたのか」
『罰が当たったんです……生まれた坊やを、取り上げられた……難産で、助からなかったと噓を……産婆も、奉公人も……みんな知って……初めから、跡継ぎを産ませるために雇って……あげく、故郷で養生しろなどと、厄介払い……命がけで産んだのに……返して……子供を返して……あの子はアタシが産んだ……』
娘の告白にオイラと岡田っちは息を吞んだ。
語るうちに恨みがよみがえったのか、娘の周りに漂う墨色がどんどん濃さを増していく。
娘自身から発した怨念が、躰全体を繭のように覆い始めた。
「あぁ、ダメだ。ああなったら成仏出来ない」
隣にいる岡田っちが諦めたような声を漏らした。