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龍と鳳

第14章 龍の涙が降らす雨

『アタシは……この地で生まれ、育ちました。
15の歳に、両親が病で亡くなって。
途方に暮れていたところ、奉公先を世話してくれた方があって、お江戸に出たんです。

お江戸は、とても忙しなかった。
何もかもが大急ぎの大慌て。
往来には常に祭りのように人が居ました。
砂埃が凄くてねぇ……。
とんでもない所に来たのだと、そう思いましたっけ。

田舎訛りも抜けず、土地に不案内で。
お使いもろくに出来ないもんだから、慣れるまではお店でも肩身が狭かった。
でも、一生懸命働きました。
両親の病で故郷の田んぼはとっくに手放していたし、兄弟もいません。
帰る場所は、もうどこにもなかったんです。

奉公先が見つかってどんなに嬉しかったか……。
働いてさえいれば、日々おまんまを頂ける。
有難かったぁ……。

油問屋でねぇ。
裕福なお店で、奉公人も、そりゃぁ沢山いるんです。
優しくしてくれる姉さんも居たし、大旦那さんと大奥様も、若旦那さんと若奥様も、アタシら奉公人にきつく当たるような人達ではありませんでした。

本当に、心から有難いと思って、いたんですよぅ……。
お店にずっと置いていただけるように、身を粉にして働こう、人が嫌がる仕事でも何でもしよう……そう思ってました。

何でもしよう、って……。

でも……奉公を始めて一年も過ぎた頃、若奥様がお里帰りをなすった時に。

アタシは……若旦那さんに……手込めにされたんです』



言い難そうに語ると、娘は目を閉じて大きな息を吐いた。
しょーちゃんは何も言わない。

この時のオイラはまだ子供で、繁殖については動物たちや鳥、虫の営みしか知らなかったんだけど。
種を残そうとする生命の本能とは別に、人の子にそういう欲があることは知っていた。

修験者たちとか修行に励む人間が、煩悩と呼んで欲に流されぬようにするだろ?
それに、子宝を願う参拝者も多いからさ。
人が夫婦になれば子を欲しがることも、暮らしぶりの良い家ほど跡継ぎを望むことも理解はしてた。

それでもオイラはお山で空を泳ぐばかりの二形の龍だ。
岡田っちに比べたら人の子の生活には疎い。
オイラにちゃんと解ったのは、娘が一人ぼっちで江戸へ行き、酷い目に遭ったということで。

オイラ……もしか、しょーちゃんが居なくなって一人ぼっちになったら?
神様のご加護がなかったらどうなる?
そう考えて苦しくなった。

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