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龍と鳳

第14章 龍の涙が降らす雨

一口に神仏と言っても、神と仏が司る領域は全く違う。
神が見守るのは現世(ウツシヨ)、仏は幽世(カクリヨ)だ。
神々は肉体の死が放つ穢れを忌むから、お社に居るオイラは人の子が死んだらどうなるか知らなかった。

「成仏できないとどうなるの?」

「輪廻の輪にもどるのに時がかかる……いずれは浄化されてかえっていくけど、長く苦しむことになるよ……」

「…………」

岡田っちの答えにオイラは返す言葉もなかった。
あの娘っ子は小さな時から苦労をしてきたみたいだし、今だって、あんなに泣いて辛そうなのに。
この上、まだ苦しみが続くのか。

「うっ……かっ、かわいそうだよ……うっ、うぅ……」

オイラがまた泣き出したら、神様のお声が届く。

『准一、経を唱えられるか?』

「ハイッ」

岡田っちは、ハッ、と顔を上げて般若心経を唱え始めた。
この世で唯一、仏だけでなく神にも届く経だ。
今、この時に、夜闇の中で神様をお支えし、娘を見送るにはこの経しかない。

『智、お前は娘に、もう苦しむことはないと心の中で語り掛けてやりなさい。声が届かずとも、想いが娘の助けになる』

「はいっ」

オイラはひたすらに娘に向かって気持ちを送った。

大丈夫だ。
神様は助けてくださってるんだぞ。
お前が気づかないだけだ。
しょーちゃんも居る。
オイラと岡田っちも。
神仏がお前を可愛く想っていることを思い出せ。



「娘よ。間もなく迎えが来る。
今際の際に、恨みや憎しみ、悲しみで心を満たしてはならぬ。其は重しとなりお前を地に縛り付けよう」

目蓋の裏で見るしょーちゃんの顔はオイラがそれまで見たことがないほど哀し気だった。

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