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龍と鳳

第14章 龍の涙が降らす雨

『アタシの坊やを返して……何でこんな目に……ひどい……ひどい……アタシが、何をしたって、言うんですか……貧乏も、病も……なんで……なんで……』

娘にはもうしょーちゃんの言葉が届いていない様子で。
ぶつぶつと呟くように心の声が漏れる間も、体を取り巻いている墨色の念がどす黒く変じていく。
やがて娘の肉体も見えない程に、闇が濃く、深くなった。

それ自体が生きてるみたいにウネウネと蠢く恨みの念が、触手のようにしょーちゃんへ伸びていく。
正直言って、気持ちが悪い。

ぞわぞわ動くソレは今にもしょーちゃんに触れそうで。
でもその度に、黒い着物に阻まれるのか、ヒュッと引っ込むことを繰り返した。

「なんか見てるとゾゾゾッてなる……気持ち悪い……」

オイラは神様のおわすお山や空の上とか、気が清浄な場所しか知らない。
そりゃぁ、お山に参拝に来る者の中にも、気が濁ってるなぁ、って人間はたまに居る。けど、神域を無心に登ってお社に来るまでの間に、神様の波動で心の曇りは祓われ、清められているんだ。

だから、人の子の念が放つ陰の気の凄まじさに、オイラは結構なショックを受けた。
こんなものを身の内に巣くわせていたのでは、病になるのは当たり前だ。
ドロドロしてねばねばと纏わりつき、ザラザラと粗く命を削る。

『アタシには、もう何もない……ひとりぼっち……だぁれも助けてなんか……おっ父も、おっ母も……』

おとなしい性分なのか、娘の心の声はむしろ静かに漏れてくる。だけど、これはもう呪いだった。自分で自分を呪っているんだ。

昼間、涙ながらに微笑みながらオイラと岡田っちに向かって手を合わせていた娘っ子が、実のところ、こんなにも深い恨みを抱えていたなんて。

『おっかぁに会いてぇよぅ……』

ああ。

違う。

さみしいんだ。

かわいそうに。

『人の子は死の間際に肉体にため込んだ負の気を放つ。我らにはとても触れられぬ穢れじゃ。救えるのは仏のみ』

神様のお言葉が届いた。
じゃぁ、オイラ達に出来ることはないの?

「うあぁ~~ん」

隣で経を唱えていた岡田っちが、堪えきれぬように声を出して泣いた。
それを聞いて、オイラももう泣くしかない。

「ふえぇぇ~~なんでだよぅ~~」

命あるものは、遅かれ早かれいつか死ぬ。
咲いた花は散り枯れるのが運命。
それを悲しいと思ったことはなかったのに。

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