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龍と鳳

第14章 龍の涙が降らす雨

「憐れな……」

しょーちゃんは小さく言うと目を閉じて深く息を吸った。肩の動きで大きく息を吐いたのが分かる。
ポツポツと雨が降り出した。

「お前は親思いの優しい娘であった。
あの秋、まだ十やそこらであったろうに、病で伏せる母の為にお山へ薬草を探してやって来た。
草の見分けもつかぬのに、懸命に探して……薬を買う銭がないから何とか見つけられますように、と……祈る声をお山の神様がお聴きになって……」

しょーちゃんが語り始めると次第に雨粒が大きくなっていく。
遠くの空が一瞬、音もなく紫色に光った。
雷だ。

「小さな体には大きな籠を背負い……子供の足で、ようあそこまで、登って、参ったもの……お導きで栗の木を見つけた時の、喜びようは……空の上からも、お前の魂が光り輝くのがはっきり見えた……」

雨粒がしょーちゃんの頬を濡らしていたけど、オイラには分かった。
しょーちゃんの目は真っ赤で、語りながら泣いていたんだ。

しょーちゃんはオイラにとっては親も同じ。
親の涙を見て衝撃を受けない子供はいない。

「しょーちゃん!!」

オイラが思わず叫ぶと、お山の神様が『昇龍の慈悲じゃ。見守ってやりなさい』と仰った。

でも、日頃は何があっても動じないしょーちゃんが泣いてる!!

オイラは居てもたっても居られなくて、お社から裸足のまま外に出た。目を閉じるとまた河原の景色が見えてくる。

雨が強くなるにしたがって娘を取り巻く黒いモヤモヤが心なしか薄くなっていくようだった。
遠くで光っていた雷が近づいて来てゴロゴロと唸り始める。

「お前の魂は、何も損なわれておらぬ……今も変わらず生まれた時のまま……。
良しも悪しも単に人の世の決め事……お前は何も誤ってはいないのだよ。向こうへ行けば全ての意味が自ずと判る。
この世で人の間を生きるうちに纏った恨みと悲しみは、私が引き受けよう。未練も執着も全て脱ぎ捨てよ。あの世で両親に思い切り甘えるが良い」

しょーちゃんがそこまで語ると一際大きな雷鳴が轟き、天と地を結ぶ稲妻が闇を祓って光り輝いた。

「ひゃっ!!」

驚いた岡田っちがオイラの後ろで悲鳴を上げる。
天の底が抜けたかのように、滝のような雨が落ちて来て。
川の水がどんどんと増し茶色く濁って波を立てた。
豪雨の中で娘の姿ももはや判然としない。

煙る雨の中、しょーちゃんが人形(ヒトガタ)を解いた。

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