メランコリック・ウォール
第1章 プロローグ
10年も前のこと、私はオサムと結婚した。
それからわずか2年後に義母は病で亡くなり、私たち夫婦と義父の3人暮らしが続いている。
この家に嫁に来たときには既に義両親が営んでいた『ウォール・シイナ』は、現在は義父とオサムが現場に出て、私とパートのゆりちゃんが事務仕事をしている。
"ウォール"という名の通り、壁紙全般や塗装を請け負う小さな会社。
義父とオサムは、内装…
つまり、”建物の中の壁”の職人で、外装は近所に住む70歳を超える親方が担っている。
---…
2ヶ月前、まだ寒い時期。
勤めていた塗装屋が廃業し、突然行き場をなくした森山キョウヘイを親方がスカウトする形でうちに連れてくるようになった。
初めて会った日は、ペンキで汚れているふくらんだ作業ズボンを履いて、けだるそうに挨拶をしていた彼。
最近は仕事がない日や親方がいない日でも、頻繁に事務所へやって来る。
ゆりちゃん目当てだと分かっているので、あまり首を突っ込まぬよう適当に対応している。
なんとなくクールな印象の彼に苦手意識があるのも事実だ。