メランコリック・ウォール
第2章 触れた手
その日も、朝から森山さんが事務所にやって来た。
「おはざっす…」
ぼやっとした挨拶を口にし、眠そうに頭を掻いている。
「あっ…森山さん、おはよーう。今日は現場お休み…よね?」
「あ、はい」
「時間が早くて、まだゆりちゃんは来てないの」
「……え?」
ついとっさに口走ってしまった。
「あっ…えっと、深い意味はないんだけどね(笑)もうすぐ来るかなぁ〜、って…」
「…なんか、勘違いしてないスか?」
森山さんが私に時折向ける、この冷たい刃のような視線が苦手だ。
「う、ううん、ごめんなさい。何でもないの」
あぶない、あぶない。
あくまで知らん顔をしなくては…。
翌日の現場の詳細を確認に来たという森山さんは、書類をチェックすると結局ゆりちゃんが来る前に事務所を後にしてしまった。
まずかったかな…。
気にしなくていいのにな…。
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当のゆりちゃんは、もうすぐ三十路へ突入することに毎日嘆いていた。
「アキさん〜!私30歳になっちゃうよお〜。彼氏もいないし、この先どうなるんだろう。はぁ…。」
「ゆりちゃんなら素敵な彼氏ができるって!」
ひそかに森山さんに目配せしながら言う。
「そうかなあ…。歳、取りたくないな…」
「私に言う?それ(笑)」
ふと、森山さんが何気なく会話に入ってきた。
「32って、もうおっさんすか?」
薄ら笑いを浮かべる森山さんに、ゆりちゃんが答える。
「そんなことないですよぉっ!男は30からって言いますもんね!」
「…そういえば、森山さんと私って同い年だね。」
「そっすね。」
「何月生まれ?」
「6月っす。アキさんは?」
森山さんが私の名前を呼ぶなんて珍しいので、私は驚いた。
「私は10月。秋に生まれたからアキ…ははは…」
「ふふっ。じゃあ俺のほうが、ちょっと年上っすね」
彼はさっきまでの薄ら笑いではなく、今度はしっかり歯を見せて微笑んだ。
頬が熱を帯びていく…
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「ゆりちゃん、女は30こえたらもうダメ?(笑)」
「アキさぁん!いじわる言わないで下さい(笑)そんなこと思ってないです!!」
私たちが盛り上がる中、森山さんは車で待っている親方のもとへ出ていった。