メランコリック・ウォール
第30章 噛み付いた痕
出来上がったシチューと、バゲット。
それにサラダをテーブルに並べ、2人でにこやかに食事をする。
「今日は買い物してきてくれたんだな。」
「うん、暇だったからね。」
キョウちゃんは放り投げてあった自分の財布をつかみ、中からお札を抜き取った。
「ん。これ、アキが持ってて。」
握られた3万円が私の方に寄せられる。
「えっ?」
「俺のメシの材料に、アキの金使ってほしくないから。先に渡しとくわ。」
「…?!い、いいよぉそんなの!大丈夫っ」
「駄目。ほら、しまって」
「でも…」
「そのかわり、また来てよ。俺、アキが作るメシ大好き。へへっ」
「それはもちろん…来るけど…。」
ーーーしばし見つめ合い、私は根負けしてお札を受け取った。
「多いよぉ…。」
「いいの。」
夫からお金をもらった事もなく、家計の財布について話した事もない。
家族3人、それぞれの給料から2万5千円ずつを捻出し、最低限の食料や日用品を買っている。
あとの使い道は、各々の自由だ。
このキョウちゃんとのやり取りが、私にとってはなんだか”夫婦”をも思わせる。
「あ、ありがとう…。」
財布の中の、いちばん隅に3万円をしまった。
…
夕食も食べ終わり、互いにシャワーを済ませると缶ビールで乾杯した。
濡れた髪のまま、バラエティ番組を流し、あたたかい部屋で共に過ごす。
「ロードショー見る?」
「うん!今日は何かな~。」
…
2人でブランケットに包まれながら、部屋を暗くして映画を見始めた。
その夜のロードショーは、豪華客船で出会う男女の話だった。
婚約者の決まっている令嬢と、ひょんな事から乗船できることになった平凡な男。
2人は恋に落ち、旅の中で密会を続ける…ーー。
愛し合うシーンになると、うしろから私を包み込むように伸びる腕が気になってしまう。
時折、太ももを撫でるその手に反応し、私はもぞもぞと動いた。