メランコリック・ウォール
第44章 夫の手
自販機の前で、後部座席からキャリーケースとボストンバッグをおろす。
「大丈夫か?」
「うん。平気。」
もうすぐ事務所に親方がやってくる時間だ。
今日は私も業務に出るので、急がなくてはならない。
「キョウちゃん…。本当にありがとう。すっごく楽しかった!」
「良かった。また行こう。おばちゃんに忘れられないうちにな」
えっちらおっちらと荷物を運び、事務所に入る前に手を振った。
キョウちゃんは片手を上げて微笑む。
向き直すと、見慣れた事務所の扉。
ああ、戻ってきてしまった。
一気に頭が重苦しくなり、振り払うようにガラリと戸を開けた。
なんとか荷物を自室へ運び、急いで支度をしていると義父がトイレから出てきた。
「ああ、帰ったね。おかえり。ゆっくり休めたかい?…って、アキちゃん…すごく日に焼けたねぇ。」
「あぁ、はいっ…ちょっと、暖かいところへ行ってたもんですから…あはは…。」
お土産のチョコレートをちゃぶ台に置き、事務所へ出た。
すぐに親方がやってきたので、私は頭の中でギリギリセーフ!と言った。
「おはようございます!」
「おお、アキちゃん。久しぶりだな。なんだぁ、真っ黒じゃねぇか。あっはっは」
「えへへ…焼け過ぎちゃいました…」
「…楽しめたか?旅行は」
「えっ…」
「聞いてらぁ、森山に。なんつったか、熱い国へ行ってきたんだろ?」
「はい…バリ島に。とっても楽しかったです…。」
「そおか。ほんなら良かった。」
以前のように熱いお茶を淹れると、親方はズズッと音をたててすすった。
少しして、物音がするので見るとそこにはオサムの姿があった。
驚いて固まっていると、「なンだよ。」と不機嫌そうに私を睨んだ。
「俺ァ、もう現場行く。アキちゃん、茶ァごっそーさん。」
親方がどこか無愛想に出ていった。
「仕事…行くの?」
「あぁ。」
この1週間で、オサムは現場に復帰していた。
さっきの親方の様子を見ると、和解したわけでもなさそうだ。
いつも不機嫌そうなオサムは、1週間も不在にし、こんがりと日焼けをして帰ってきた妻に、なんの違和感も抱いていないようだった。