メランコリック・ウォール
第45章 衝動
「木ノ下さんには、すべてを引き継いであります。彼女一人でもウォールシイナは回ります。」
「そんな…アキちゃんがいなきゃ、困るよ…あぁ、もう。――お前、なんとか言ったらどうなんだ!出ていかれたら困るだろうが!」
「別に俺ァ困らねえよ。むしろ自分が困るだろ、色恋沙汰で出てったってよォ、すぐ戻ってくるのがオチだ。俺にァ分かる。くだらねえ事言ってねえで、頭冷やせや」
「なに強がり言ってんだ!会社の危機でもあんだぞ?!なぁ、お前…―――」
義父の怒声を遮るように、私は立ち上がった。
「とにかく…!!出て行くので。離婚届…書いたら連絡下さい。」
「アキちゃん…――ッ!」
早足で自室に行き、ぴしゃりと戸を閉めた。
なにが、”俺には分かる”のだろう。本当にイライラする。
少なくとも、頭を冷やすべきなのは私だけではないはずだ。
オサムも義父も部屋までは追いかけてこない。
そんなものなのだ。
苛立つ指でキョウちゃんに電話をかけた。
「もしもし」
「あ、キョウちゃん…」
「大丈夫か?」
「ん…。だめだった。離婚届は書いてくれない…けど、出てくって言ったの。」
「うん、いつ?すぐに?」
答えるのを待たずに、1階から怒鳴り声が聞こえた。
「アキ―――!!!茶ァぐらい出してけやぁ!」
なにを言っているのか理解できない。
頭が真っ白になり、なんだか涙がこみ上げてきた。
「―――すぐ迎え行く。持てるもんだけ持って、とりあえず出て。」
キョウちゃんの言葉で我に返り、私はあわててボストンバッグを手に取った。
電話を切って1階に降り、居間を横切る。
「おい!?」
「もう無理だから…っ!」
オサムの呼びかけにそれだけ答えると、すっかり暗くなった道を駆け出した。
15分ほどすると勢いよくキョウちゃんの車が入ってきた。
すぐに車から降りてきた彼と、言葉もなしに抱きしめ合った…―――。