メランコリック・ウォール
第46章 地植え
「何の用だ。いつまでほっつき歩いてんだよ。」
もう帰らないのだから、いつまでもなにも無い。
しかし私はあまり波風を立てぬよう、なるべく静かに言った。
「最近、私に電話かけた?」
「…かけてねーよ?」
一瞬の間が気になった。
「そう…。ここ数日、非通知からの着信があったからちょっと気になって…ね。」
「あぁ?なんでそんなこと俺に言うんだよ!知らねぇよ。」
仮にも長年同じ屋根の下で過ごした相手だ。
嘘をついているかは何となく分かる。
拭いきれない違和感を感じつつも、怯えるような素振りは見せないようにした。
「あ、そう…。それなら良いの、一応確認したかっただけだから。」
「…。」
「…。」
少しの無言。
ハァ、とオサムの大きなためいきが聞こえた。
「離婚届、書いてくれた?」
あえて、事も無げに言う。
「書かねえって言ってんだろ。」
今まであんなに腹立たしかったこの男の態度が、今になってなんだか不憫にも思えてきた。
待っているからと告げ、電話を切った後もオサムのふてくされた背中がまぶたに浮かんでいた。
7月もあと数日で終わる日、いつものようにマサエさんがやってきた。
彼女は週の半分ほどをこの家で過ごすが、もう半分はきちんと自宅へ帰っている。
息子にとっての実家が無くなってしまうのは可哀想と思って続けているが、めっきり帰ってこない息子や孫に対し、最近ではあきらめているようにも見えた。
軽自動車からおりてきたマサエさんは、庭で水やりをしていた私に明るく声をかける。
「アキちゃん!ご苦労さま。今ね、きんつばをいただいたのよぅ!お茶にしましょ♪」
マサエさんはパート先でもらったという美味しそうなきんつばを皿に出し、冷たい麦茶をいれてくれた。
縁側に2人肩を並べて座り、もうすっかり見慣れた庭を眺める。
「毎日、暑いわねぇ…」
他愛のないやりとり、ホッと落ち着く甘味でのおやつタイム。
私はマサエさんとのおしゃべりを日々楽しみにしていた。