メランコリック・ウォール
第47章 Red Line
「なにかあった?」
「…え?」
「なんだか元気ないみたい。勘違いだった?」
「あ、えぇっと…」
「うん?」
マサエさんはきんつばを一口かじり、麦茶をすすりながら目で言葉を促した。
「この間、夫に電話したんです。」
「ふんふん、それで?」
「離婚届、まだ書いてくれなくって…。」
いらぬ心配をかけるので、イタズラ電話のことは黙っていた。
「あらァ。ご主人、よっぽどアキちゃんを離したくないのかしらね。」
「うぅん…」
「でもそれってね、アキちゃんのことを愛しているからなのか、そうじゃないのか、しっかり見極めなくっちゃいけないわよねェ。」
奥様同士の井戸端会議であるかのように、マサエさんはあっけらかんと言った。
そんな態度が、いつも私を救ってもいるのだ。
そしてこの言葉は、私を心底から頷かせた。
「多分…悔しいんだと思うんです。」
「うんうん?」
「若い女の子と遊んではいたけれど、手には入らなかった。私は…キョウちゃんを愛したし、愛されることができた…。それに今まで10年以上、私は夫にワガママも言ったことがなかったんです。そんな私にまさか裏切られるなんて、プライドが許さないというか…――」
「よう分かるわ。んま、仮に愛していたとしても、その愛がねじ曲がっちゃう人も多いけんね。特に、プライドの高い人は。」
私は黙ってうなずいた。
「例えるならあれよ。飼ってた小鳥が自分だけによう懐いとって、けどある時、違う人にも懐いた。そしたらヤキモチ焼くでしょう?しかもそれが自分のあんまり好かん人間だったら、たまらなくイヤになるっちゅう事だと思うんよ。」
「はぁ…たしかにそうですね。」
「要は、ヤキモチと悔しさと憎しみ。今のご主人はまだ、日常にね、ほら、こうして和菓子を食べてお茶を飲めばちょっぴり幸せじゃない?そういうのが見えないんよ、きっと。それはしょうがない事よ、どうしてもね。時間が要る。」