メランコリック・ウォール
第48章 ウォールシイナ
ドタバタと音を立てながら2人が降りてきて、義父はお茶を入れに台所へと立った。
「なんだ、帰ってたのか。」
今日私が来ることは義父から聞いていたはずだし、私が持っている封筒も見えているはずだ。
わざとらしい一言だったが、私は動じなかった。
「あの木ノ下っておばちゃん、しょっちゅう定時よりも前に帰っちまってよ、…―――」
オサムは話をそらしたいのか、全く脈絡のないことをぶつぶつと言った。
無言で佇む私をしっかり見るでもなく、慣れた手付きでタバコを取り出す。
「今日は話があって来たの。今はタバコやめてくれない?」
「っんだよ…いいじゃねえか別に…チッ」
「すぐ終わるから。」
「あぁ?なんなんだよ?」
オサムはタバコを逆さまに持ち、トントンと箱に打ち付けながらだるそうに言った。
「誰と一緒にいるかは…知ってると思うけど」
「…。」
「…………森山さんの子を、妊娠しました。」
瞬間、だらしなくたるんでいたオサムの顔が大きく引きつった。
正座をしてまっすぐ見据える私に、声を失っている。
「だから…もう一度ちゃんと言いに来ました。別れてください。」
両手で封筒を差し出しながら言った。
「悪い冗談か?」
長い沈黙の後で、オサムがやっと言葉を吐いた。
「冗談でこんなこと言わない。」
オサムがはぁ、と大きなためいきをついて頭をかかえた頃、義父が温かいお茶を盆に乗せてやってきた。
私たちを見ると状況を把握したのか、そろりとちゃぶ台についた。
「はい、アキちゃん」
「ありがとうございます」
いつも私がしていた事を、慣れない手付きでしてくれている義父は痛々しくもあった。
オサムはやはり、無言を貫いている。
「そういう事だからよ。なぁオサム…いい加減、意地張るのはやめようや」