おにぎり短編集
第6章 掃除屋
ドアを開けた瞬間から、おそろしくにっこりと微笑むその人に、反射で戸を締めかけた。
「はーい……え、まっ、ちょっ、まって!」
「……久々に会ってその反応はなに?」
にっこりした顔が、瞬時に不服そうな顔に変わる。
「え、あっ……来るなら言ってよ……」
ぎこちない笑顔をつくる。
「抜き打ちチェックだもの、言わんよ。元気そうだね?」
再度、にっこりと笑う。ころころと変わるその表情に、戦慄する。ドアノブをギュッと握りしめて、上がった心拍数に気づかない振りをした。
背後に広がるカオス空間は、わたしの目に触れるだけでいい。
そんなこと考えるも、頭ひとつ分大きい彼は、体を左右に動かせば簡単にカオスを見破れる。
「その顔は、ちゃんとご飯食べてないね? 部屋も荒れ放題な感じするし」
「……バレます?」
恐る恐る上目遣いで見上げると、頭に降参の2文字がチラつく。
「バレます。料理しに来た。台所貸して」
もう何をしたって無理だ。自分ではこのごった返した部屋を、綺麗な状態まで持っていくことは不可能だ。
そうは思うものの、最後の悪あがきは忘れない。
「いや、でも、いま家……」
「いいから。大丈夫。どんなに荒れてても引かないから」
言いくるめつつ、靴を半分脱いだ彼を上げる以外の選択肢はない。それと、マスクを付け始めた彼にもう抵抗はできなかった。
「え?! マスク……??」
引かないとはいえ、流石にへこむ。わたしの部屋、マスク付けないと入れないくらいなのかよ……。
「当然。前回、自分どうなってたか説明できる?」
その一言、ぐうの音も出ないとはこのこと。
ちなみに前回は今日の3倍はカオスだった。連載している締切が立て続けに3つ。
一日おきにやってくる産みの苦しみに、物理的に吐き出しそうになって、なんとかとどまったはいいものの……。部屋は今以上の惨状だった。
「売れっ子で忙しくなって、仕事ないより良いとは思うけどさ。もう少し自分に頓着しようよ」
何も言えずに口をもごもご動かしていると、タイムアップを告げられる。
「お邪魔します」
散らかった部屋に似合わぬその挨拶。一応、人の棲家としての認識があることはわかった。
とても人を招き入れられる部屋ではなかったが、グルグルと鳴ったわたしのお腹だけが、彼を歓迎していた。