テキストサイズ

おにぎり短編集

第6章 掃除屋

2.彼

彼女は、発破をかけないと掃除しない。ここまでの状態になった部屋を、彼女が1人で元に戻せるとは端から思っていない。

「お邪魔します」

言いながら足を踏み入れて、手持ちの袋をざっと広げる。この家の掃除には慣れたものだ。
彼女は諦め半分の表情から、疲れと少しの安堵が滲んでいた。

「先に部屋をどうにかするよ」

「ありがと」

彼女の腹が鳴っていたのはわかっていた。素直でかわいいなと思う。だけれど、この部屋はいただけないので、部屋の掃除から。ご飯は少しの間お預けだ。

8畳程の部屋の壁一面が本棚で、彼女の好きな作品、過去作、資料がズラっと並んでいる。
散らかった床とは対照的に整った本棚のコントラスト。その光景が嫌いではない。
彼女の過去作より、好きな作品の背表紙が擦り切れているのを見て、感心してしまう。
一度、彼女に勧められて読んだ本はおもしろかった。彼女は俺以上に没頭して、何度も何度も読んだのだろう。ボロボロになった背表紙は彼女の愛情だ。

そして、彼女はその世界を、自分でも作りたいと思って、今に至る。

俺の知らない世界を生きる彼女。
部屋に籠って、その世界に籠り続けている時、泣き声が響くことがある。
俺は、それに近づけない。もちろん心配はしたが、俺が関わることを彼女は望んでいない。
自分の生活を犠牲にしてまで、満身創痍で作品を作り続ける彼女に、時々こちらへ戻って来れなくなるんじゃないかという危うさすら感じることがある。
俺は潔癖じゃないし、人に干渉するような生き方はしてこなかったと思っていた。でも、孤独に淡々と作品と向き合う彼女を、放っておけなかった。
餅は餅屋というように、彼女は彼女の仕事をしている。俺は俺の仕事をするために、締切翌日に彼女の家に訪れる。

作業する俺にくっついて周りながら、ぼーっとする彼女の横顔を見て、ほっとしていた。いつも、締切の翌日に家を訪れるのは、彼女がきちんと生きているのか、ふと、こちら側の世界に戻って来た時に、自分を失っていないか……その生存確認の意味合いもある。

ふと、彼女の頬に目がいく。
寝てたな。
頬の寝あとを見つけてたまらなく愛おしくなる。

エモアイコン:泣けたエモアイコン:キュンとしたエモアイコン:エロかったエモアイコン:驚いたエモアイコン:素敵!エモアイコン:面白いエモアイコン:共感したエモアイコン:なごんだエモアイコン:怖かった

ストーリーメニュー

TOPTOPへ